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自分にとっての社会科学とは何か
 教科書「冒険としての社会科学」、「なぜ日本は没落するか」の二冊 を中心としたこの基礎演習で「自己にとっての社会科学とは何であるの か」ということについて多少なりとも見えた気がする。
 「冒険としての社会科学」の冒頭で橋爪大三郎氏は社会科学を学ぶ とは「知恵と勇気をもって、体をはってこの世界を生きていくこと」。 社会科学とは「自分の社会についてよくわかること」と記している。世 の中がどんどんと専門分化していくなか「社会全体」についてよく分か ることというマクロな視点をもつこと、これこそが社会科学の意義であ ろう。大学の4年間という期間で、学ぶべきことは専門的知識だけでは なく、「自己のスタンス」、「視点」についてじっくりと考えることも 重要なのではないだろうか。私は社会科学をまなぶものとして社会科学 の大きな視野を身に付けたい。この視野は社会科学の命ともいえるもの ではないだろうか。そしてこのマクロな視点こそが、縦割り行政などを 始めとする現在の硬直した構造をうち壊す原動力になるのではないだろ うか。社会科学のスタンスが自己にとって、今後の人生のスタンスにな っていくことができればと考えます。
 

今後の課題
 基礎演習全体を通して自分なりに考えた今後の自己の社会科学を学ぶ 上での課題、そのキーワードは「理論と実践」であります。
 例えば、学校教育や様々な場面で環境問題について盛んに学ばれ、議 論されている。しかしいっこうに人々は環境のためになにかをしようと いう姿勢を見せない。タバコをぽい捨てする大人がいれば、空き缶をぽ い捨てする子供もいる。主婦が環境に有害な油を家庭の台所から垂れ流 しているとき、夫は会社でクーラーを寒いくらいかけ、地球の温暖化に 貢献している。
 人々は、環境を悪くしたいと考えているわけではない。TVなどで環 境問題が議論されていれば、地球環境について心配する。しかしそこか で実践に移すことがない。これが最大の問題である。
 今回の基礎演習でも、テキスト「日本はなぜ没落するか」の中で、日本 社会の閉鎖性が異分子を排除し新たな進歩の芽を摘んでいる、という議 論があった。私もこの異分子を排除しようとする日本社会の問題点は以 前から様々なところで議論されている問題であるため学んだことがある。そして、この特徴は改善しなければならないという認識はもってい た。また今回の基礎演習の中でも一層強く再認識した。しかし、自分の 実生活を顧みると、自分が所属してきた大小様々な集団の中で自分も多 かれ少なかれ、異分子、違った思考を持つものを排除することに加担し てきたことが思い出される。正に理論と実践がかけ離れ机上の空論とな っていたのである。
 理論と実践を一つのものとしていくこと。これは自己にとって非常な 重要な課題である。そしてそれは一般の人々にとっても言えることであ ろう。今後は自分が専門分野として選んだ都市計画で今年一年の成果を生かしていきたい
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