南房総市は筆者の出身地である千葉県内にあり実際に幼い頃から訪れることが多かった場所である。
海や花畑など豊富な観光資源を持っているが、何度か訪れる中で活気が失われていると感じる機会が少なくなかった。実際に南房総市は過疎化、少子高齢化が著しく進んでしまっている地域である。
そこで土地の魅力を最大限に生かし、光の当たっていない観光資源を活用することで活気を取り戻し地域活性化出来るのではないかと考えた。
また観光交流人口の拡大を受けて資金の流入、新しいビジネスや雇用の創出が目指せるのではないかと考えた。
南房総市は房総半島の南端に位置しており、北部には県で最高峰の愛宕山など300メートル級の山々を、また南部は東京湾に面し優美な海岸線を有している。車での移動であれば所要時間は千葉市まで70分、東京まで2時間といった具合で首都圏から日帰りすることも可能な距離である。近年では1997年に東京湾アクアラインが、2007年に館山自動車道が開通するなどその利便性は高まったと言えるだろう。その気候は温暖で冬でも暖かく一年を通して過ごしやすくなっている。
また産業としては漁業や農業が盛んである。漁業では海女の素もぐりによるあわびや天草の採取が有名で7月に白浜海女まつりを行い、海女の格好に扮する海女コンテストを開催するなど一般客への知名度を高めている。農業ではビワや温州みかんなどの果樹栽培、ビニールハウスでの花弁栽培が盛んで温暖な気候を生かして生産を行っている。
南房総市は平成の大合併の影響を受けて2006年に安房郡富浦町、富山町、三芳村、白浜町、千倉町、和田町の7つの町村が合併して誕生した、市としては非常に新しい場所である。
一方、先述の通り過疎化が深刻になり問題となっている。千葉県が過疎市町村と見なしている市町村が左の図で緑に塗られている市町村であるが大多喜町、勝浦市、天津小湊町(鴨川市)、鋸南町、長南町そして南房総市と南部に集中しており都心から離れた地域がその傾向にあることが伺える。
(出典)全国過疎地域自立促進連盟http://www.kaso-net.or.jp/map/chiba.htm
左の図は南房総市の人口の推移を表したものである。2005年には46600人いた人口が2014年には41400人にまで減り、10年間で5000人程減少している。またグラフには記載されていないが1960年の人口は66484人であったためその当時の三分の二以下にまで減少してしまったことがわかる。これは若者が進学などを理由に南房総市を離れ、そのまま戻ることなく転職先で就職することが多いことの表れだと言える。
右の図は2010年に行われた国勢調査における年齢別人口のグラフである。市で一番大きな割合を占めるのが最も棒が突き出ている65~69歳の人々であるため深刻な高齢化が伺える。またその次に多いのが50代の人々であり、10年後更に高齢化が進むことが懸念される。現に2010年の日本全体の高齢化率が23%なのに対し、同市の高齢化率は40.9%であることから事態の深刻さがお分かりいただけるだろう。
(左出典)南房総市地域公共交通網形成計画書
(右出典)平成22年国勢調査
ここで日本の一般的な観光産業におけるニーズの変化について叙述する。
観光産業の歴史をたどると1960年代までは社員同士で、また地域コミュニティでといった団体での旅行が主な需要を占めていた。それに伴い旅行会社が整備され、観光施設もより多くの客を収容出来るようにと巨大化を遂げた。しかし、旅行という概念が人々に定着し始めると今度は団体での旅行よりも家族や友達など少人数での旅行にニーズが傾き始め、人々は旅行により贅沢を求めるようになった。趣味目的であったり、癒し目的であったりそのニーズも多様化を見せ始めより一人一人に合ったプランの作成が必須となった。
21世紀に入るとまた異なった三つの変化を見せることとなる。
・一つ目は休暇の取得状況の変化である。かつては一週間といった長期の休みを取得して海外に行くといった形態の旅行が多かったが、近年ではまとまった休みを取ることが難しく二日間や三日間といった短い旅行のニーズが高まっている。
・二つ目は旅行パックの単価減少である。最近では様々な旅行会社が競うように安価な旅行パックを提示している状況が感じられる。筆者が先日ある旅行会社のサイトを閲覧した際には韓国3日間で9990円~と非常に安価な値段に目がいった。
・三つめは高級旅館・ホテルの経営不振である。人々が高級なホテルや旅館にお金を落とすというよりは観光先でお金を使うという傾向にあることが伺える。
以上の点を踏まえると近年の観光産業におけるニーズは安い・近い・短いといった点に集約出来ると考えられる。つまり南房総市においても宿泊業というよりは日帰りの観光客にターゲットを絞った戦略を打った方が効率的だと言える。
1993年に南房総市として名前を変える前の富浦町に設立された道の駅である。その当時、富浦町は農業や漁業、観光業など主な産業が衰退を見せており地域振興を目的とし「地域産業・文化・情報の発信拠点」として年間2000万円の赤字覚悟で設立したものだ。主な事業概要としては以下の5つに分類される。
①観光客誘致を目的とした一括受発注システムの導入
町内には小規模な農家や民宿が多く、それだけで観光客を誘致することの難しさが課題だった。そこでそれらの観光資源をまとめ旅行会社に一括して販売することで大規模な団体客の誘致を可能にしたのが一括受発注システムだ。集客の分配からメニューや代金の確定まで幅広く事業を展開しており、実際に集客数にも影響を与え飲食店と民宿など今まで繋がりのなかった主体が連携することとなった。
②観光農業の振興
観光客誘致のために農園の環境整備を行い、また品種改良なども手掛け農業技術の向上を図っている。
③商品加工事業
本来枇杷は収穫期の1ヶ月間でしか新鮮な状態で提供することが難しく、また天候の影響で不作だった場合などは経済的なダメージが非常に大きかった。そこで、枇杷をゼリーやジャム、カレーなどに加工することによって一年中販売することに成功し、また通常では食べることのない葉の部分も加工することによって不作時にも利益を得られるようにした。 (右出典)富浦枇杷倶楽部HP画像
④文化事業
伝統文化の保存を目的とし、人形劇フェスティバルの開催、道の駅内でのギャラリー展示、房州うちわなど伝統工芸
の作成・展示、ボタニカルアート教室など多彩な事業を展開している。
⑤観光サイト「南房総いいとこどり~観光コンシェルジュ」の運営
観光サイトを作成し、その中で南房総の自然や歴史、宿泊施設についてなど地元住民というよりは観光客向けの情報を配信することで集客効果を狙っている。http://www.mboso-etoko.jp/
現在これらの事業は南房総市100%出資の株式会社ちば南房総と南房総市商工観光部観光プロモーション課によって運営されているが、NPOであったり協力会もそれに加担し経営を行っている。道の駅は一般的に第三セクターが経営を行っているが、このように地域の幅広いアクターが連携しさらに主体的に企画の立案を行っている例は少ない。やはり第三セクターが市の100%出資で経営を行うことで民間の利害関係を含まず経営出来たことが非常に大きかったと言えるだろう。
南房総市では交通の便の悪さがかなり際立つため、車での来訪者がその7割を超える。実際に鉄道の広域的利便性が欠如した中で高速バス、路線バスへのニーズが高まりを見せており、鉄道の利用者数が減る中でバスの利用者数は増え続けている。南房総市が行っている取り組みとして高速バスを道の駅にも途中下車させたり、一般道における乗降制度を実施することでその利便性を高め気軽に利用するための取り組みを行っている。
路線バスに対する取り組みとして南房総市公共交通マップの作成が挙げられる。左図はその表面だが、公共交通の利便性を高め利用を促進することを目的としている。南房総地域の各交通事業者の路線網などを盛り込み運行内容を詳しく図示することで観光客に「わかりやすさ」を提供している。
日帰り観光客が大多数を占める南房総市だが宿泊客に対する取り組みも少なからず行っている。2010年に有志の人々が南房総市旅館組合を立ち上げ、現在では20件ほどの旅館、民宿が加盟しており協力して宿泊客の誘致を行っている。日帰りの観光客はお金を落とさず、かつパンフレットをもらっては捨てるような行動で利益に繋がらないことが多いのに対し、宿泊客は確実にお金を落としてくれるため市の地域振興にも更なる貢献が見込まれる。旅館組合が行っている取り組みとして以下の二点が挙げられる。
①南房総 蛍ファンタジア
5月下旬〜6月にかけて行われる、蛍の鑑賞をメインとしたイベントである。開催時間帯を夜の21時頃に設定すること、また夕食やお酒を楽しんでから見に来てもらうことで確実に観光客を宿泊に繋げようとする試みである。
②房州海老まつり
10年以上続く10月の日曜日を中心に行われるお祭りで、客に伊勢海老を自分で釣って食べてもらおうという試みである。あまり知られていないが南房総市は伊勢海老の漁獲量が日本一でありそのことを売りにしている。割引を行ったり少々優先的に扱うなど宿泊客を呼び込む体制を整えている。
しかしこれらのイベントは期間がかなり限定されており継続して一定の観光客を呼び込むことには限界があるのではないかと考える。新しい企画の立案には時間もコストもかかるためなかなか踏み込めないかもしれないが1年を通じて集客出来るものを模索する必要があるだろう。
南房総市で観光に携わる人々の間で知られている言葉として「伊豆は高級の革靴で行くものだが、南房総にはビーチサンダルで行ける」というものがある。海、自然、食事など同じような観光資源を持つにも関わらず何故かそのイメージに差が生じてしまっていることの表れだ。高級の革靴までは行かずとも運動靴くらいまではパワーアップしたいというのが住民の願いだという。そこで伊豆で行われている取り組みの中で南房総市で生かせるものはないか検討し、二つ程紹介したいと思う。
①ウォーキングマップの作成(伊東市)
これは伊東市が行っている取り組みで海岸沿いをマップを使ってウォーキングすることで灯台や神社などの観光名所を巡ってもらう取り組みである。健康志向の人々のニーズに応え、これをきっかけに来訪する人もおり観光客からの収入も増えているそうだ。これは同じように海を持ち、点在した観光名所を持つ南房総市においても生かせる取り組みなのではないかと思う。
②河津桜まつり
これは行政ではなく個人が呼びかけて始めたまつりである。誰もが知っていると言っても過言ではない河津桜をきっかけに人を呼び込み、それと一緒に他の観光資源も売り出してしまおうと考えたのだ。その結果、右上写真の河津七滝は観光客が踏み入らないような場所にあり完全に無名であったが、年中人が訪れるような観光地に様変わりした。同様に南房総市においても花畑はある程度知っている人が多いため、それをきっかけに集客し観光資源の売り出しが可能なのではないかと考える。
類似した都市の一例として伊豆市で行われている取り組みについて調べたが、その他にも類似した場所を中心に模索し現在行われている取り組みを踏まえた上で新たな政策に繋げたい。
また交通手段が原因で南房総市に足を運ぶ気が起こらないといった意見も多くあったため交通手段の改変が大きな変化をもたらした事例について調べる。
しかし現実としてなかなか最適な事例が見つからない…観光を振興するのか地域を活性化するのか焦点を定め、先行研究などを引き続き調査する。
南房総市「南房総市観光振興ビジョン」<a href="https://www.city.minamiboso.chiba.jp/cmsfiles/contents/0000001/1567/VISION.pdf>(2017/2/6最終アクセス)
伊東商工会議所ネットビジネス研究会「城ケ崎海岸ピク二カルコース」<http://www.izunet.jp/asobu/warking-map/it-013.htm>(2016/12/12最終アクセス)
南房総市「公共交通ナビ」<http://www.city.minamiboso.chiba.jp/cmsfiles/contents/0000008/8680/busmap_omote.pdf>(2017/2/6最終アクセス)
石橋 太郎・野方 宏 (2007) 「伊豆地域の観光と観光振興 : ヒアリング調査からみえてくるもの」,『静岡大学経済研究』 11、pp.177-194.
白浜フラワーパーク「南房総蛍ファンタジア」<http://flowerpark.awa.jp/event/hotaru/fantasia.html>(2016/12/12最終アクセス)
櫻井 清一・斎藤 修 (2002) 「短期周遊型観光基調下における農村活性化を目指した地域資源活用方策」,『千葉大学園芸学部学術報告』 56、pp.127-141.
狩野 美知子・大脇 史恵 (2014) 「南房総地域および千葉県庁観光ヒアリング調査報告」,『地域研究』 5、pp.1-16.
南房総市「南房総市地域公共交通網形成計画書」<http://www.city.minamiboso.chiba.jp/cmsfiles/contents/0000007/7990/minamibososhi_moukeiseikeikaku.pdf>(2017/2/6最終アクセス)
千葉県南房総観光コンシェルジュ「南房総いいとこどり」<http://www.mboso-etoko.jp/>(2017/2/6最終アクセス)
合同会社フォーティR&C「観光まちづくり・着地型観光・まち歩き・ニューツーリズム」<http://www.forty-jp.com/chiiki_kanko.html>(2016/12/12最終アクセス)
Last Update:2017/02/16
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