和歌山県田辺市における地域振興

‐上富田町を事例に‐

早稲田大学社会科学部2年 上沼ゼミナール
水永章



田辺祭/筆者撮影


章立て

  1. 研究動機
  2. 田辺市の現状
  3. 上富田町の成功事例
  4. 田辺市への応用
  5. 今後の方針
  6. 参考文献

1.研究動機

 はじめに、和歌山県田辺市を対象として地域振興の研究を行う動機について述べる。私は、出身地である田辺市の衰退を目にしてきた。田辺市は今、商店街がどんどん閉店し、年々人口も減っており、いわゆる「地方衰退」に直面している。田辺市で生まれ育ったからこそ、衰退の現状を身をもって実感している。そのため、田辺市の活性化を具体的に進められる政策の提言をすることで、少しでも地域振興に貢献できればと考え、研究のテーマとした。

 現在、地方衰退は全国的な問題となっているが、実際に地域振興に成功した地域は一部ではあるが存在している。そうした成功事例の分析を行い、田辺市にも応用できるような政策立案の作成を目標に、この研究を進めたい。その分析対象とするのが、副題にある、和歌山県上富田町である。田辺市の近隣地域である上富田町は、過去50年間で人口が減少したことがなく、むしろ少しずつ増加している。近隣の市町村が地域振興に成功しているにもかかわらず、なせ田辺市は衰退を食い止められないのだろうか。そうした単純な疑問も、この研究の動機である。

 また、この研究では、単に成功事例を当てはめて検証するのではなく、地域の資源をどのように活用し、地域振興に役立てているのか、その枠組みとなっている政策を解明したい。地方には特産品や観光地、文化、伝統などの地域資源が必ず存在している。つまり、田辺市にある資源を有効に活用することで、いかに地域振興に導くかを主軸に置き、研究を進めたい。


2.田辺市の現状

 赤色の地域が田辺市、下の三角形のような地域が上富田町

出典:ウィキペディア「田辺市」

 田辺市は、2017年12月末で総人口75,414人、面積1,026.91km2と県内でも比較的大きな市である。平成の大合併で、近隣の市町村と合併し、現在のような大きな市になった。田辺市の主な特産物は、梅やみかんなどの農作物に加え、海に面した地形により水産物にも恵まれている。他にも紀州備長炭や、熊野牛といったブランド化された特産物も有している。観光資源では、「世界遺産熊野古道」や「熊野本宮大社」などの歴史遺産、日本三大美人の湯の一つでもある「龍神温泉」や、営業する公衆浴場としては世界唯一の世界遺産「つぼ湯」が有名な「湯の峰温泉」がある。しかしながら、こうした観光地の多くは市街地から離れた地域に存在している。合併によって土地面積が拡大したものの、こうした観光資源の活用が上手くいっていないのだ。また、最近では伝統的な梅の栽培も、世界農業遺産として登録され、世界的なシェアを誇るオーストラリアの旅行専門雑誌『ロンリープラネット』では、田辺市を含む紀伊半島が旅行先ランキングで5位に選ばれた。つまり、田辺市をPRする素材は十分に揃っており、観光地としての知名度も広まってきているといえる。

 また、人口減少においても深刻な問題を抱えている。和歌山県自体、深刻な人口減少に悩まされているが、下のグラフのように、田辺市の人口はやはり年々減少している。特に、合併した町村での人口減少や高齢化が目立っており、都市地域との人口・高齢比率の格差が問題になっている。そうした問題に対して、田辺市は、自然増減として少子化対策案を打ち出し、子どもを生み育てやすい環境づくりに取り組んでいる。。社会増減としては、若年層の地元へのUターン、子育て世代の転入促進・転出防止、移住民への積極的な受け入れなどを充実させようとしている。しかし、そうした政策は、数値と市民の実感ともに効果を出していない。

出典:和歌山県田辺市「田辺市統計書 平成27年11月発行」より作成

3.上富田町の成功事例

 上富田町の成功事例について触れる前に、上富田町がどのような町かを紹介したい。上富田町は田辺市の近隣の町であり、2章の冒頭にあるマップにも記した地域で、海に面していない面積約57km2と小さな町である。世界遺産熊野古道の入り口である「口熊野」として知られているが、観光資源はほとんどない。電車も2時間に1本のJR西日本紀勢本線の朝来駅のみである。しかし、国勢調査で1965年の9,660人から2017年10月の15,088と、半世紀以上に渡って人口が増加し続けている。それには、町長による産官学民一体の町づくりが関係している。

:和歌山県西牟婁郡上富田町「上富田町まち・ひと・しごと創生人口ビジョン」より作成

 上富田町は、2018年に町長選挙が行われ、現職は奥田誠氏であるが、今回で引退となった小出隆道氏は、長年上富田町を引っ張ってきた立役者である。上富田町の行ってきた施策はこうだ。

 @農業開発から企業誘致による地業産業のへの転換、Aスポーツ施設の開発による地域経済の活性化

 以上の政策を軸に、上富田町の町づくりは「行政に住民や企業を巻き込む」という戦略で進めてきた。こうした施策は、町に仕事を生み、人を呼び、経済を活性化し、町の安定した行政サービスに繋がった。その結果、県内や田辺市を含む近隣の市町村からの移転者も多くなり、人口増加が達成できているのである。

 では、具体的な施策について述べる。一点目の企業誘致については、1970年から始まった。続いて1975年には二つ目となる企業誘致にも成功し、その際の企業団地造成が、現在の上富田町の発展に繋がっているという。二点目のスポーツ事業については、1995年に完成した「上富田スポーツセンター」が関わっている。大規模なこの施設は、1989年に「ふるさと創生事業」として交付された1億円をも投資して建設された。町長にとって、この投資は、未来への投資であった。スポーツ施設が出来ることで、スポーツ教育にも力を注ぐことができ、子供たちの将来につながる投資であったのだ。そして、スポーツ教育が盛んな町という印象は、町のPRポイントともなり、町長が大規模なマラソン大会を企画実行し、サッカーJリーグやなでしこジャパンのキャンプ誘致、プロ野球のウェスタンリーグの公式戦を呼ぶなどして、さらに印象が強化された。しかし、そうした大規模なマラソン大会などは、町の財政からの出資では、かなり厳しいものであった。そんな中で行ったのが、企業・町民との協力であった。

 上富田町町長は、「お金がない」ことをキーワードに、何をするにしても企業と町民い協力を求めた。資金援助やボランティア協力を得て、町起こしでもあるイベント開催は実現された。また、こうした官民一体の政策は、町づくりに住民や地元企業を巻き込むことで、市民参加を促し、町民の町への愛着や誇りを持たせた。それによって、「住み続けたい町」へと上富田町は変化していったのである。また、住宅地開発、子ども教育政策の強化より、町外の人々に「移り住みたい町」という印象を持たせ、現在に至るのである。しかし、今でも決してお金がある訳ではない。だが、町の目標やビジョンには着々と近づいている。


4.田辺市への応用

 上富田町の官民一体政策、巻き込み型政策は、はたして田辺市にも応用可能なのだろうか。田辺市への応用を考えた時に、最も大きな問題となるのが、人口規模や土地面積の違いである。小さな町である上富田町は、町長を中心に政策を立案実行し、町の企業や住民への声掛けが比較的行いやすい環境であるといえる。対して田辺市は、人口も多く、土地も広いため、こうした活動を行うとなると、それだけで大規模になり、政策の立案や実行までに多くの時間が必要となる。また、企業誘致による影響力も、かなり大きな企業でない限り、厳しい。しかし、官民一体の政策は、必ず市を動かす力となる。


5.今後の方針

 今後の方針としては、上富田町の官民一体政策の本質とは何かを見定め、その枠組みを利用した、田辺市における政策案を作成が課題となる。


6.参考文献

  1. 和歌山県西牟婁郡上富田町「上富田町まち・ひと・しごと創生人口ビジョン」 http://www.town.kamitonda.lg.jp/koukai/senryaku2015/vision2015c.pdf 2018/01/31アクセス
  2. 和歌山県田辺市「田辺市統計書 平成27年11月発行」 http://www.city.tanabe.lg.jp/kikaku/toukei/files/toukeisho.pdf 2018/01/31アクセス
  3. 総務省「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン −国民の「基本認識の共有」と「未来への選択」を目指して− 」 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/pdf/20141227siryou7.pdf  2018/01/31アクセス
  4. 日経BP社「50年間人口が増え続ける、和歌山県上富田町の秘密」  http://www.nikkeibp.co.jp/atcl/tk/PPP/030700028/022700007/ 2018/01/31アクセス
  5. みずほ総合研究所「和歌山県の地域活性化の取り組み」 https://www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/region-insight/EEI070328.pdf  2018/01/31アクセス
  6. 和歌山県西牟婁郡上富田町ホームページ http://www.town.kamitonda.lg.jp 2018/01/31アクセス
  7. 和歌山県田辺市ホームページ http://www.city.tanabe.lg.jp 2018/01/31アクセス
  8. Wikipedia「田辺市」https://ja.m.wikipedia.org/wiki/田辺市 2018/01/31アクセス
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Last Update:2018/1/31
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