わかっていた事だが、解除されると外に出る人々の数が明らかに増え、電車の混雑度も徐々に普段の状態に戻っているのではないかと感じた。外出する人の数が増えたのは、個人の不要不急の私情によるのもあるが、緊急事態宣言によって自宅勤務(テレワーク )となっていた会社員の人々が再び会社に出勤し始めたというのも大きいのではないか。一旦はテレワークで緊急事態宣言を乗り切ろうとしたものの、コロナ禍以前と同じような出勤体制に戻した会社が多く存在するという事だ。
私はそこに疑問を感じた。なぜテレワークを引き続き実施しようという方針に至らなかったのか。テレワークが緊急時の一次的な解決策になるのではなく、定着することを目指してこの研究を進めていきたい。
テレワークという言葉についての定義だが、日本テレワーク協会によると、テレワークとは、情報通信技術(ICT = Information and Communication Technology)を活用した、場所や時間にとらわれない柔軟な働き方のことであり、テレワークは働く場所によって、自宅利用型テレワーク(在宅勤務)、モバイルワーク、施設利用型テレワーク(サテライトオフィス勤務など)の3つ分けられる。
上の図はパーソル総合研究所によって3回に渡って行われた新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査の結果を表したものだ。調査期間は緊急事態宣言前・宣言後・解除後の3期間で、それぞれ対象者は正社員2万人程度である。
そもそも、緊急事態宣言中、政府は拡大防止のために「人と人との接触を8割減らす」ことを目標として会社・個人に連日訴えていた。それを考慮するとテレワーク実施者のパーセンテージは目標を達成するには程遠い。
結果としてコロナウイルスの拡大はある程度防げたという事実はあり、職種・仕事内容が原因でテレワークを実施することができない会社が多くあるなどの問題を考慮しても、政府の目標と釣り合うような働き方は出来ていなかった。テレワークの浸透度が不十分だと言える。
これを見ると、緊急事態宣言が発令された後の4月の調査ではテレワーク実施者のパーセンテージは3月の調査に比べて2倍近くになっている。一見すると緊急事態宣言中と解除された直後ではさほど差がないように思える。
しかし、詳細を見てみると別の事実が浮かび上がってくる。
次の図はテレワーク実施率の回答の中から5月末最終の平日と6月に入っての最初の平日に回答されたものを抜粋したものである。6月1日に回答されたテレワーク実施率は5月29日に回答されたものよりも明らかに低くなっている。
これを単純な誤差と捉えるのには無理があり、多くの会社がテレワークを区切りがいい5月中でやめ、6月から通常の出勤体制に切り替えたと考えるのが妥当ではないか。また、これに基づくと緊急事態宣言解除後2〜3ヶ月後(すなわち2020年7月〜8月頃)に再び調査を行うと、さらに実施率が下がり、宣言前の3月に近づくパーセンテージになるのではないかと予測できる。
以上のことから緊急事態宣言によりテレワークを導入した会社でも、それを一時的な解決策としか捉えておらず、時が流れるとともに普段と同じように出勤するようになると仮定して研究を進める。
テレワークを勤務体系として定着させることには働いている労働者側、その労働者を雇用している企業側の双方に大きなメリットがある。
「テレワーク推進に関する関係省庁連絡会議決定」が発表したテレワーク人口倍増アクションプランにはテレワークの意義・効果が記述されている。
高齢化が進み、労働力人口の減少が見込まれる中でテレワークのような柔軟な働き方は個人の置かれた状況に応じた働き方をすることができ、企業活力や社会経済活力の維持・向上が図れる。
テレワークを導入する意義は育児・介護との両立、ワークライフバランスなどといった効果から、企業側のメリットとなるコストの削減、多様な人材の確保、作業の効率化まで多岐に渡る。
ここで注目したいのがテレワークによって地域活性化が図れるという点である。社会問題とされている大都市一極集中をも将来的には改善できる可能性がある。
テレワークを利用することで労働者が地方にいながら都市圏の企業に勤めることができる。労働力人口の確保の具体例としてU・J・Iターンが挙げられる。Uターンとは大学進学などで地方から都市に移住した人が再び故郷に戻ってくること、Jターンとは生まれ育った故郷でなくとも故郷に近い地方都市に移住すること、Iターン都市部から出身地と異なる地域に移住することである。
人の流れによって活性化を図るだけでなく、企業側の地方拠点の場合も考えられる。テレワークを前提とした業務内容ならば都市部にオフィスを構えなくとも土地の安い地方に構えられる。そして、完全にテレワークにできなければ、オフィスワークが必要な分の雇用は地方で賄うことで併用できる。
日本国内においてテレワークがこれほどまでに注目されるのは今回の新型コロナウイルスの件が初めてではなく、新型インフルエンザが流行した2009年〜2010年、2011年の東日本大震災の際に注目された。東日本大震災発生後、首都圏を中心にした公共交通機関の乱れ、停電によって事業が困難になった企業が多くあり、さらにはその後の社員の安全確保、節電対策と言った背景からテレワークが推進される流れとなった。
この表は総務省の調査におけるテレワーク実施企業の割合を年ごとに比較したものである。平成23年(2011年)の翌年、平成24年には前年と比べ2ポイント程上昇したものの、平成25年には割合が下がっており、東日本大震災で注目されたのにも関わらず、テレワークの導入が定着していない。
また、総務省の情報通信政策レビューの学術論文「通勤困難な状況下でのテレワーク実施を可能とする要因に関する一考察」からは、東日本大震災の前よりテレワークを実施していた企業では、交通網の混乱に際して、いち早く在宅勤務等に切り替えることができていた、という結果が導き出されている。
つまり、災害時に大規模に・一斉にテレワークを導入することは企業内で混乱を起こし、平時から備えとしての役割を含めつつ、あらかじめ導入しておくのがポイントである、と考えられている。
平時からテレワークを機能させておくというのは、テレワークをBCPとして重要視するということである。BCP(事業継続計画)とは、中小企業庁の「中小企業BCP策定運用指針」によれば「企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと」と定義されている。
BCPの観点から見れば、今回の新型コロナウイルスの件で用いられたように緊急時に一時的な解決策として計画性なく導入するのは好ましくない。本来、東日本大震災の後、BCPとしてテレワークを事前に導入しておく、という方針に多くの企業が切り替えるべきであった。しかし、実現できていなかった。
前述のテレワークによるメリットを享受するため、また、今後起こりうる災害(特に首都直下地震など)への対策として今回の世界的パンデミックをキッカケとして急速にテレワークを定着させることには大きな意義がある。
Last Update:2020/6/23
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